0.はじめに

ここ数回のライブ考察記事で触れてきたが、『Actually…』を私は史上最大の問題作としてとらえている
しかしこの問題意識をうまく伝えられていない気がするので、テーマ考察として取り上げたい
なお『Actually…』考察は下記の記事でも触れているので、良ければこちらも読んでいただきたい
・2022/2/23 10th Anniversary 乃木坂46時間TV スペシャルライブ
・2022/3/15 乃木坂46の「の」 presents 「の」フェス

1.序論~危うさの本質は中西アルノか?

初めて『Actually…』のパフォーマンスを見た時、危うさの本質を私は若干見誤っていたように思う
どうしても中西アルノちゃんに目が行ってしまい、乃木坂変革の黒船として乃木坂をぶっ壊しにきたのかと感じた

運営側の意図はわからないが、しかし本当に彼女だけで乃木坂の雰囲気をぶっ壊すことなどできるのだろうか?
乃木坂に限らずアイドルの歴史を振り返った時、グループが売れた後に空気を一変させるメンバーが入ってきたことはほぼないと思う
アルノちゃんの引き込まれるような才能は確かに魅力的であり29枚目シングルではとても目立っているが、30thシングル以降も空気をガラッと変えられるかというとやや疑問符が付く

その後アルノちゃんは休業し「シブヤノオト」や「の」フェスで飛鳥・山下のダブルセンター(個人的にはフォーメーションが目まぐるしく変わるダンスゆえに飛鳥・山下のダブルセンターというより不在に見えたと話していたが、公式でダブルセンターと言っていたので訂正する)で『Actually…』のパフォーマンスは披露されているが、それでも私にはこの楽曲が引き続き危うさをはらんでいるように見えた
もしアルノちゃんが危うさの本質なら、休業後のパフォーマンスがそうは見えないだろう
そこで私は考えた

『Actually…』の危うさの本質は中西アルノではなく、この曲のパフォーマンスそれ自体なのではないか

2.本論~他アイドルとの比較で考える

『Actually…』最大の売りは本格的なフォーメーションダンスである
アルノちゃんの休業に伴いセンターをクローズアップするかという点は大きく変わったが、かなりこだわりがないとできないレベルのフォーメーションダンスであることには変わりない

しかしこのハイレベルなフォーメーションダンスこそが、私には危うさの本質であるように見える
なぜなら秋元系アイドルがパフォーマンスを重視すると、歪みが生じてしまうことが多いからである
以下では他アイドルの例も参考にしながら、パフォーマンス重視がなぜ歪みを生んでしまうか・乃木坂に当てはめるとどうなるかを考察していく

①SKE48の場合

秋元系で最初にパフォーマンスに力をいれていたアイドルと言えば、SKE48が思い浮かぶ
かつてSKE48のファンであった私は、2013年の選抜常連組を含む8人同時卒業発表という異常事態には正直ショックを隠せなかった
この事象にもパフォーマンスを重視する文化が絡んでいるとみている

秋元系アイドルの多くはシングル表題曲を歌うメンバーを決める選抜という制度がある
パフォーマンスの重視の文化では、パフォーマンスレベルが高いものが選抜に選ばれるべきと思うメンバーが出てきても不思議ではないだろう
(実際にこちらの記事にあるように、振付師牧野アンナが特定メンバーについて上記のような分析をしている)
しかし選抜というのはパフォーマンスだけで決められるわけではない
特に若手の有望株については運営側は積極起用したいはずである
しかし新入りメンバーのパフォーマンスレベルは既存メンバーと比べて高くないことが多く、彼女たちが選抜されていくことは一部のパフォーマンス重視メンバーのモチベーションを低下させ空気が悪化することを容易に想像させる
そうして選抜を外れたメンバーは外仕事に目を向けるが、こちらの記事にあるように外仕事に関連する運営側のまずい対応などもあり大量卒業につながったというのが真相ではないか

またパフォーマンス重視ということは、心身の不調が卒業につながりやすいという特徴もある
実際に平松可奈子は卒業の直接的な理由にけがを挙げている
パフォーマンスにここまでのこだわりを持つ集団でなければ回復を待つこともできただろうが、空気的にも本人的にもそれは許されることではなかったのだろう

確かにSKE48のパフォーマンスレベルは高かったし、ファンもそれを望んでいた
しかしそれが結果としてメンバーとの別れの一因となったのなら、それは皮肉なことである

②欅坂46の場合

次にパフォーマンスを重視する集団として印象深いのは欅坂46である
こちらについては同じ坂道シリーズということもあり、活動休止に至るまでの顛末は記憶に残っている人も多いのではないか
ドキュメンタリー映画『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』でも活動休止までの真相が多く語られているが、私はこちらの主因についてもパフォーマンス重視の文化があったと考えている

映画内でもかなり多く語られていたが、欅坂のアイデンティティはフォーメーションダンスで魅せる圧倒的なパフォーマンスであった
このフォーメーションダンスというのが、全員の息を合わせる必要がありなかなかの曲者である
欅坂は最後まで1期生による全員選抜制度が根付いていたが、パフォーマンスにおける不確定要素を減らすためだったように思う
ただし全員選抜という聞こえの良い言葉とは裏腹に、ひらがなけやきの扱いが難しくなるなど風通しを悪くする側面もあったように思う

平手友梨奈の脱退にもパフォーマンス重視の文化が影響していたように思う
脱退前には『10月のプール』のパフォーマンスに納得がいかずMV撮影現場に現れない姿などが語られていたが、こちらも2期生をパフォーマンスに加えようとしたことからレベルを下げざるを得なかったと考えられる
そしてモチベーションを失った彼女が行きつく先が脱退だったのではないか
さらにフォーメーションダンスの核である彼女を失ったグループは活動休止&改名というところまで追い込まれてしまったのだろう
(現在の櫻坂46もフォーメーションダンスにはこだわりがあるようだけど大丈夫なのだろうか…)

またSKE48同様にパフォーマンスへのこだわりはメンバーの卒業にもつながっている
鈴本美愉の卒業はこちらの記事にもあるようにパフォーマンスに心身が追い付かなくなったという理由で卒業している

一例だけなら単なる偶然で済まされるかもしれないが、SKE48・欅坂46ともに少なからず問題があったということは秋元系アイドルにとってパフォーマンス重視するというのは諸刃の剣になりうることを証明しているように思う
なおこれらのグループのファンは少なからずパフォーマンスに魅せられており、パフォーマンス重視が必ずしも悪いことばかりではなかったことは補足しておく

③ハロプロ・K-POPの場合

同じパフォーマンス重視のアイドルでもハロプロやK-POPでは目立ったほころびはないように見える
なぜ秋元系アイドルだけがパフォーマンス重視すると歪みが生じるのかという疑問はありうる
しかしこれらのアイドルグループはパフォーマンス重視でもグループが耐えうる条件がいくつかあるように思う

まずは人数である
これらのアイドルは多くても10人程度であることから、選抜だけでも20人前後いる秋元系アイドルよりはメンバー間のパフォーマンス実力差は小さいと考えられる
その分パフォーマンス実力差からメンバーの不和は生まれにくいだろう
そして少人数であれば楽曲による選抜制度も設ける必要がなくなり、選抜制度と相性の悪いパフォーマンス重視を採用しても問題ないのではないか

またこれらのグループは結成時点から一定以上のパフォーマンスを求めているため、そもそもパフォーマンスできないメンバーがグループにいることは想定する必要がない
K-POPではオーディション時点からパフォーマンスレベルを重視するし、ハロプロは研修生制度があり一定以上実力をつけないとグループに配属されない
グループに入ってからパフォーマンスを一から身に着ける秋元系とは思想が異なるのだ

これらの要因から秋元系アイドルのみがパフォーマンス重視と相性が悪いと考えており、非秋元系を持ち出して反論するのは適切でないと考える

④乃木坂46に当てはめた場合

ここでは『Actuallly…』をきっかけにして乃木坂にパフォーマンス重視の文化が根付いたと仮定して、どのようなことが起きるか想像してみたい

乃木坂の基本ストーリーは「内気な女の子が仲間を得て強くなる」だと思う
しかしパフォーマンス重視というのはSKE48や欅坂46のように、パフォーマンスができない仲間を切り捨てるという側面があるのは否めない
この仲間の切り捨ては乃木坂の世界観ではありえなく(むしろ現在は誰一人見捨てない世界線にみえる)、言ってしまえばストーリーの180度転換となってしまう
これが『Actually…』のパフォーマンスを見て、「乃木坂が壊れるかもしれない」と私が思った理由である

パフォーマンスレベルが上がるというメリットとデメリットを比較したとき、乃木坂ファンはどちらをとるだろうか
私はストーリーに共感したものなので、この方向転換は少なからず抵抗がある
また仮にパフォーマンスのレベルを下げないためにメンバーが卒業すると決断したとき、乃木坂にそんなものは求めていないと受け入れがたく感じるファンも多いのではないか

3.結論~危うさの本質と展望

以上のように『Actually…』のパフォーマンス重視路線は結果としてメンバー切り捨てにつながりストーリー転換をもたらす可能性があることが、この楽曲を乃木坂史上最大の問題作に仕立てる本質的な危うさだと考えている
しかし今まで仲間を大切にする文化を築いてきた乃木坂ちゃんたちであれば、仲間の輪を保ちつつもこの曲を演じ切ることができるのではないかという期待もある
私には今こそ乃木坂らしさの真価が問われる時が来ているように見える

またプラスにとらえればファン自身も『Actually…』をきっかけに乃木坂らしさを考えなおすきっかけになったのではないか
私も優しい世界観、パフォーマンス時の表情、築き上げた数々の思い出など魅力を再確認することができた
雨降って地固まるという展開を願い、筆をおこうと思う

4.アルノverMVを見て(2022/3/23追記)

アルノverのMVを見て、補足したいことがあるので追記する
危うさは尽きないが、現メンバー(特に1・2期生)を信頼したいと思える内容だったためである

本文ではパフォーマンス重視の危うさについて語ったが、やはり制作側はアルノちゃんを象徴として変革を起こしたいという思いを持っているようでその危うさも間違えなくある
MVを通して、主要3キャストは以下の描かれ方をしていた

  • アルノ…突っ張っている新参者。
  • 山下…今の乃木坂の中心。変革を拒む。
  • 飛鳥…山下とアルノの間を取り持とうとする。

ただ危うさだけでなく、希望も見えるMVだったように思う
ここに各期の補助線を引くと、以下の役割が期待されているように見える

  • アルノ(5期生)…変革の象徴。受け入れてもらえない。
  • 山下(3・4期生)…今の乃木坂の中心。変革を拒む。
  • 飛鳥(1・2期生)…大ベテラン。現メンバーとアルノをはじめとする新参者の間を取り持とうとする。

どのような結果になるかはわからないが、3・4期加入時とは違い5期生には変革の起爆剤になる役割を求めているようだ
これは堀ちゃんが『バレッタ』のMVの最後で白石さんを銃で撃つのと少し被る
バレッタのときはグループが大きく変わることはなかったが、その代わり1期vs2期といった構図になり2期生不遇問題につながってしまった

しかし『バレッタ』のときとは大きな違いがあると思う
MVでも描かれているが新参者と現メンバーの間を取り持つ余裕がある大ベテラン(1・2期生)の存在である
パフォーマンス面や制作側の意図など、『Actually…』にまつわる危うさを語ったら尽きることはないのかもしれない
それでも乃木坂をつくり守ってきた彼女たちを私は信じたいと思う

5.着地点~1年後から振り返る(2023年追記)

この記事を振り返って、手前味噌ながら振り切った面白い考察をしていたなと思う
一方で結果から振り返るとこの曲によってグループが壊れることも、大きく変わることもなかったように思う

その理由は一言でいうと、ライブを通じて『Actually…』が弱毒化されていったからだと思う
本論の振り返りにはなるがハイレベルなフォーメーションダンス、ひいてはそこから生じうるパフォーマンス重視の文化に、私はこの曲の危うさを感じ取っていた
初披露やシングル発売時に見られた独特の緊張感とガチガチのフォーメーションダンスからは、その方向性は見出しうるものであったと思う

しかしその後のこの曲をめぐる展開は私の想像とは全く異なる方向へ進んだ
まず10thバスラや夏のツアーを通じて、この曲のパフォーマンスがそれほど重視されなくなってきたように思う
その代わりに光や映像の演出をゴリゴリに足すことで、格好良さを引き出す方向にシフトしていた

これの功罪は非常に判断が難しい
言ってしまえばパフォーマンスレベルを誤魔化すという形なのかもしれない
(正直筆者にはダンスのセンスはないのでダンスが上手いのか下手なのかいまいち判断がつかないが、あそこまで演出足すなら下手でもバレなくねとは思う…)
一方でそれほど練習リソースを割かずに、新たな側面を見せることはできるので大変合理的だとは思うしそもそも多くの乃木坂ファンはパフォーマンスレベルをそこまで求めてないようにも思う

ただ一つ言えるのはその後も本記事で懸念していたような、パフォーマンス重視の文化は根付かなかったように見える
先述の通り『Actually…』自体がパフォーマンスレベルを求められる曲でなくなったのと、30thの『好きロック』が全く異なる系統の曲で高パフォーマンス路線が続かなかったことが要因だろう
そのため良くも悪くもこの曲による化学変化は感じなかったというのが私なりの着地点となる

完全に外れた考察なので恥ずかしいが、自戒の意味も込めて記事自体は残しておくこととする